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2015-08-02

伊東豊雄インタビュー-2

伊東豊雄建築ミュージアム――シルバーハット
――隣接する敷地に《シルバーハット》が立っていますが、これは元の部材をそのまま使われているのでしょうか。

伊東 最初は屋根の部材を移設したいと思っていたんですが、かなり錆が激しくてつくり直した方が早いと言われて、結局移設可能な部分はほとんどありませんでした。

ですから移設ではなく再生と呼んでいます。ただ一部の家具類だけは持ってきて再利用しています。元のシルバーハットをいちばん継承しているのは、大橋晃朗さんの家具で、今回リノベーションして置いていますので、その部分は移設されたと言ってもいいかもしれません。建築としては構造体はほとんど変わりませんが、外部がすごく多くなったので、ワークショップの場として活用していただきたいと思っています。

――シルバーハットが80年代半ばの作品ですから約25年前の作品と現在の作品が2つ並んで立っているわけですが、ご自身の建築の変化、建築に対する考え方の変化などで何か感慨はもたれましたか。

伊東 シルバーハットは難しいことをやっていて、その難しさを自覚しないままに勢いでつくったようなところがあり、住宅としては、雨漏りやさまざまな日常的な問題がありました。今回は外部が多いのでそれほど問題にはなりませんが、スティールハットでは、より抽象度が上がって、モノの納まりなども十分検討できる力はついたなと。でも、それがいいのか悪いのか両方あると思っていて、シルバーハットの、コンセプトだけで突っ走ってしまうようなやり方はなつかしくもありますね。いい時代だったなと思います。

今治市岩田健母と子のミュージアム
――《今治市岩田健母と子のミュージアム》はどういう経緯で設計されたのでしょうか。

伊東 ところミュージアムの所さんを紹介してくださったのは、銀座にあるギャラリー長谷川の長谷川さんという方で、岩田ミュージアムも、長谷川さんが設計をやりませんかという話をもってこられたのです。その時には敷地も決まってなかった。岩田さんはもともと川口市ご出身で御宅も川口にあるのですが、瀬戸内海なんかもいいなあとおっしゃっていて、僕らも一緒になって敷地を探すことから始まりました。それで、いまは民宿になっているかつての小学校の校庭を利用させてもらえないかと今治市に相談をしたら、市が認めてくれたのです。

――この建築は単純な円形でしかも屋根部分がほとんどないですね。

伊東 ブロンズの彫刻がメインなので、ごく一部の小さいものとか大理石のもの以外は屋外でいいですよというお話だったので、最初、半分は建屋をつくって残りを屋外に展示するということも考えました。しかし、それならばひとつの囲いをつくって全体を彫刻の庭園、スカルプチャーガーデンということでまとめたほうが明快だと思って、単純な円形の壁で囲うことにしました。これはわたくしが描いてきた桜の下の幔幕という建築の原型のイメージにどこかでつながっていたんだと思います。

この円は直径が30mくらいなのですが、面白かったのは、この中に入ったときに外の風景が変わって見えることでした。高さ3mぐらいの屋根に風景が切り取られて、周りはかなり見えるのですが、たとえば小学校は下のほうが切り取られて屋根のあたりだけが見えたりします。

あともうひとつ面白かったのは音の問題で、中野本町の家のときもそうだったのですが、音が円形の壁を伝うのです。それで海の音もすごくはっきり聴こえてきたりする。これは予想外のことだったので、不思議な感じがしましたね。

オープニングでは、千住真理子さんがヴァイオリンを弾いてくださって、どういう響き方をするのか心配だったのですが、中野本町のときと同様に、すごく反響して、楽器の中にいるような不思議な感じでしたね。

庇が出ているのがすごく効いているのだろうと思いますが、作曲家の千住明さんがこのミュージアムのために曲をつくってくださったので、それを時々流そうということになっています。

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