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2015-08-02

石井裕也『ハラがコレなんで』

これもちょっと前に書いたものですが…。仲さんは当時、新人だったけど、これを観て、うまい人が出てきたと思いましたね。最後の一文は今、書いた当時とはまた違ったトーンで響きます。

 

前作『川の底からこんにちは』の主人公は「中の下」を自任する女。そして、この映画で石井裕也監督が登場させるのは「中の下」未満の人びとだ。主人公の光子(仲里依紗)の周りには、リストラされたサラリーマンや倒産・夜逃げした人物たちが集まり(というか、実は彼女自ら「集めている」のだが)、自身も金ナシ・家ナシ、さらに妊娠9カ月の身重なのにダンナもナシという3重苦。くわえて、頼まれもしないのに要介護の一人暮らしの老人の面倒を見始める。

「OK」「大丈夫」が口癖の光子の行動は、誰もが「あせったりあわてたりしみったれた顔」をして周りを顧みる余裕をもたないこの時代への彼女なりのささやかなる反抗だ。いつ頃までだったろうか、昭和の途中までは、日本はこんな国ではなかったはずだ。築40~50年は過ぎてるだろう木造のオンボロ長屋が舞台なのも偶然ではない。近所のおばさんが縁側からずけずけと上がり込んできてもなんら違和感のなかった時代には助け合いの気持が人びとの心にまだ深く残っていたものだ。光子は、しかし、平成の「砂漠の時代」の只中で、この助け合いの精神をひとり実践していく(多分に、押しつけがましいのだけれど)。

散発的に笑いを引き起こしつつも基本トーンとしては決して明るいとはいえないこの映画に、やがて、とんでもない瞬間がやってくる。マルクス兄弟の映画のように、アナーキー度をたたみかけるようにエスカレーションさせて爆発的な笑いの渦を巻き起こしてしまうのだ。

多分にマンガチックに設定されたこの映画のシチュエーションで、光子のキャラクターはことさらマンガチックに強調されているが、このキャラクターに負けることなく最後まで強度を維持しつづける仲の演技には脱帽するほかない――新たなコメディエンヌの誕生と言っていいだろう。

この映画のクランクアップは3.11の前だが、ラストシーンは3.11後の現在にこそふさわしい。人と人の心がさまざまな回路でつながったキアスム(交差)の構造を持った社会へとみんなで「どーんと」向かって行こうじゃないか――そう、まだ間に合う、「大丈夫」だよ!

 

ハラがコレなんで|監督=石井裕也|出演=仲里依紗、中村蒼、石橋凌|2011年|109分

 

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