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2015-08-13

パリで建築散歩!-3

ヴェルサンジェリックス通りの中ほどで、背の高い男がマチウの腕をつかんだ。一人の巡査が反対側の歩道を巡回していた。
「旦那、なにかくれないか。ひもじいんだ」
男の眼は寄っていた。厚い唇からアルコールがにおってきた。

サルトル『自由への道』の第一部「分別ざかり」の冒頭の文章です。大昔に読んだ小説ですが、この文章の対抗頁には、「ワンダ・コザキェウィッチに」と書かれています。このワンダは、サルトルの生涯の伴侶としても有名なボーヴォワールの教え子、オルガの妹で、サルトルとは一時、恋愛関係にあったそうです。『自由への道』にはイヴィッチという娘が出てきますが、ワンダがモデルだったんじゃなかったかな…大昔のことなので忘れましたが…。

サルトルとボーヴォワールの間には、お互いに隠しごとをしないという決めごとがあって、別の人間との恋愛事も包み隠さず話をしていたようです。まあ、それにしてもボーヴォワールの教え子の妹への献辞を掲げるとは(『嘔吐』にはボーヴォワールへの献辞があります。カストールというのがボーヴォワールのことで、Beauvoirの綴りが英語のビーバーに似ていることから、彼女のあだ名がフランス語のビーバー=カストールだったんですね)…。お互いに、どころか、世間にもまったく隠してなかったわけですね。

「地獄とは他人のことだ(L’enfer, c’est les autres)」というのはサルトルの戯曲『出口なし』の有名なセリフですが、ボーヴォワールの書いたものなどを読むと、サルトルの女性関係からはけっこう奔放な印象を受けます。男女間のこと、実際にはいろいろあったんでしょうが、サルトルという人が「地獄とは他人のことだ!」と思って生きていたようには、少なくとも女性たちとのエピソードなどを読む限りはまったく思えないのです。

ちなみに、サルトルはワンダと同時にヴェドリーヌという女性とも恋愛関係にあったそうです。ボーヴォワールのほうはオルガの恋人であったボスト(サルトルの教え子)と恋愛関係にあり、さらにヴェドリーヌとは同性愛関係であった…って、ぐちゃぐちゃですね、この人たちは!

前置きが長くなりましたが、パリ取材の際には、このヴェルサンジェリックス通りを訪れてみようと決めていました。ボフィルのカタローニュ広場の建物の近くだったので、そのついでに訪れるつもりでした。グーグルのストリートビューで事前に調べてみて面白そうな場所でないことはわかっていたんですが、見事に何もない!という感じで、わりと長い通りですが、2、3分歩いてすぐ引き返しました。

写真は「もういいや」と思って引き返す時に撮ったものです。そして、撮り終わってカタローニュ広場のほうへと戻ろうと振り返ると、サルトルの小説よろしく、背の高い男がいてこちらをじっと見ていました。「こんな何もないところで何やってるんだ、この東洋人は?」と思って見ていたのかもしれませんが、その細身の男の眼差しが獲物を狙うがごとく鋭いものだったので、彼には気づかぬ振りをしてやや速足でその場を離れました。

彼がどういうつもりだったかはわかりませんが、海外でこういうような状況にあった時にはいつもこのように行動します。他に人がいればまだいいんですが、この時は周囲に人っ子一人見当たらず、体内アラートが鳴って「この場をすぐに離れよ!」と告げていました。

ヴェルサンジェトリックス通り

この写真の右手にはモンパルナス駅へといたる線路がこの通りと平行に走っています。『自由への道』の主人公、マチウは冒頭のエピソードの後、この道にある、恋人のマルセルの家へと向かいます。

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