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2015-08-22 | art / music, blog, paris

パリで建築散歩!-4

ギャラリーのコーナーでヴォージュ広場の音楽隊を紹介しましたが、パリでは音楽を演奏している人たちに頻繁に出会います。

しかも街によくとけこんでいる。パリを初めて訪れた人は誰でもまずメトロでの演奏に驚くでしょう。乗車すると突然目の前でアコーディオンを弾き始める。そして1曲演奏をし終えると、手のひらを乗客の前に差し出しながら車内を移動していく。

去年『パリ建築散歩』の取材のために訪れたときも、メトロでは何回もそういうシーンに出会いましたが(アコーディオンは少なかったかな…)、偶然かどうか、車内での演奏や歌の質がとても落ちているように感じました。思わずお金を差し出してしまいそうな人はゼロ。だいたいはへたっぴいで、誰がこんな歌を聴かされてお金をだすだろうか…と思うような人ばかり。中には詩のようなものをかなり投げやりな感じで詠じている人もいましたが、ほとんどがなっているような調子で聴くに堪えない有り様でした。

驚いたのは、ある時、ロックのビートのガンガン効いた音楽をスピーカーから大音響で出しながら鍵盤付きハーモニカで演奏しているおじさんがいたんですね。演奏はかなりうまかったんですが、周りの迷惑を気にしている風はまったくなかった。さすがに近くにいた乗客はお金を差し出すどころではなく、逃げだしていましたが。ああいうの、何のためにやってるんですかね…。

比較すると、構内で演奏をしている人たちはうまい人が多い印象で、まずはそんな人たちの写真を3点。

メトロ 1 (1)

これは、たしか1区を通るメトロの乗り換え通路で見かけた音楽隊。違う日も同じ場所で演奏してました。

メトロ2

どこで撮ったのか忘れましたが、ドラムまで持ち込んで本格的。ジャズとクラシック系の人たちの演奏はだいたいうまいですね。

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ギターの演奏者を女性が音声を確かめながらビデオを撮っていたのがちょっと珍しい感じがして撮ったショット。この映像、YouTubeとかにアップしたんだったら観てみたいけど。

ビュシ通り

こちらはサン=ジェルマン=デ=プレ教会の裏手にあるビュシ通りのジャズバンド。おじさんたちがカッコよかった。ビュシ通りは『パリ建築散歩』でも紹介しましたが、夕方になると若者たちが集まってきて活気づくスポット。本では若者たちで賑わうブラッスリーの写真を掲載しました。

オルセー前

オルセー美術館の隣にある建物前でクラリネットを孤独に吹いていたオジサン。

ボフィル

これは演奏している人はいなかったんですが、1区のボフィルの建物のアーケードで遭遇したシーンを撮りました。本では、羽蹴りをして遊んでいる若者たちの写真を使いましたが、その背後に写っていたのがこの社交ダンスを楽しむ人たちで、街の中にこんなシーンが自然にとけこんでいるのがいいですね。一人だけ、赤シャツの人の足が停まっているように見えるのが不思議。

パリで建築散歩!-3

ヴェルサンジェリックス通りの中ほどで、背の高い男がマチウの腕をつかんだ。一人の巡査が反対側の歩道を巡回していた。
「旦那、なにかくれないか。ひもじいんだ」
男の眼は寄っていた。厚い唇からアルコールがにおってきた。

サルトル『自由への道』の第一部「分別ざかり」の冒頭の文章です。大昔に読んだ小説ですが、この文章の対抗頁には、「ワンダ・コザキェウィッチに」と書かれています。このワンダは、サルトルの生涯の伴侶としても有名なボーヴォワールの教え子、オルガの妹で、サルトルとは一時、恋愛関係にあったそうです。『自由への道』にはイヴィッチという娘が出てきますが、ワンダがモデルだったんじゃなかったかな…大昔のことなので忘れましたが…。

サルトルとボーヴォワールの間には、お互いに隠しごとをしないという決めごとがあって、別の人間との恋愛事も包み隠さず話をしていたようです。まあ、それにしてもボーヴォワールの教え子の妹への献辞を掲げるとは(『嘔吐』にはボーヴォワールへの献辞があります。カストールというのがボーヴォワールのことで、Beauvoirの綴りが英語のビーバーに似ていることから、彼女のあだ名がフランス語のビーバー=カストールだったんですね)…。お互いに、どころか、世間にもまったく隠してなかったわけですね。

「地獄とは他人のことだ(L’enfer, c’est les autres)」というのはサルトルの戯曲『出口なし』の有名なセリフですが、ボーヴォワールの書いたものなどを読むと、サルトルの女性関係からはけっこう奔放な印象を受けます。男女間のこと、実際にはいろいろあったんでしょうが、サルトルという人が「地獄とは他人のことだ!」と思って生きていたようには、少なくとも女性たちとのエピソードなどを読む限りはまったく思えないのです。

ちなみに、サルトルはワンダと同時にヴェドリーヌという女性とも恋愛関係にあったそうです。ボーヴォワールのほうはオルガの恋人であったボスト(サルトルの教え子)と恋愛関係にあり、さらにヴェドリーヌとは同性愛関係であった…って、ぐちゃぐちゃですね、この人たちは!

前置きが長くなりましたが、パリ取材の際には、このヴェルサンジェリックス通りを訪れてみようと決めていました。ボフィルのカタローニュ広場の建物の近くだったので、そのついでに訪れるつもりでした。グーグルのストリートビューで事前に調べてみて面白そうな場所でないことはわかっていたんですが、見事に何もない!という感じで、わりと長い通りですが、2、3分歩いてすぐ引き返しました。

写真は「もういいや」と思って引き返す時に撮ったものです。そして、撮り終わってカタローニュ広場のほうへと戻ろうと振り返ると、サルトルの小説よろしく、背の高い男がいてこちらをじっと見ていました。「こんな何もないところで何やってるんだ、この東洋人は?」と思って見ていたのかもしれませんが、その細身の男の眼差しが獲物を狙うがごとく鋭いものだったので、彼には気づかぬ振りをしてやや速足でその場を離れました。

彼がどういうつもりだったかはわかりませんが、海外でこういうような状況にあった時にはいつもこのように行動します。他に人がいればまだいいんですが、この時は周囲に人っ子一人見当たらず、体内アラートが鳴って「この場をすぐに離れよ!」と告げていました。

ヴェルサンジェトリックス通り

この写真の右手にはモンパルナス駅へといたる線路がこの通りと平行に走っています。『自由への道』の主人公、マチウは冒頭のエピソードの後、この道にある、恋人のマルセルの家へと向かいます。

2015-08-02 | architecture / city, blog, paris

パリで建築散歩!-2

20140508-2-2

パリ滞在の初日、サン=ジェルマン=デ=プレからセーヌへと向かい、ポン・デ・ザールに着いてしばらくすると西の空に日が沈むシーンに遭遇。ちょうどいい具合に恋人らしき2人を収めて、“いかにも”な感じの写真が撮れました。でも、“いかにも”がすぎたせいか、収まる場所がなく、この写真は『パリ建築散歩』には収録しませんでした。

 

ボナパルト

セーヌから夕食を取りにサン=ジェルマン=デ=プレへ戻り腰を落ち着けたのがこの店、ル・ボナパルト。正面に見えるのがサン=ジェルマン=デ=プレ教会です。ラ・ユンヌは道を1本隔てた角にあります。まだ明るいですが、これでもすでに8時を過ぎていました。

赤ワインをオーダーして喉を潤し、一息ついたあたりで、目の前に20代前半くらいの男女が陣取って白ワインを飲み始めました。いい雰囲気でお喋りをしながら杯を重ねる彼らを眺めながら2杯目の赤ワインを飲んでいると、どこからか、黒パンツ・黒ヴェストに白シャツという出で立ちのクラリネット吹きが現れてムーディーなジャズを奏で始めて…。なんか舞台ができすぎ…という感じで、初日からパリが濃厚に身に染みたのでした。

 

夜のフロール外観

初日から飲み過ぎては…と思い店を出るころにはさすがに夜の帳もすっかり下りていて、ホテルに戻ろうといったんは教会脇のメトロの入口に向かうも、踵を返してサン=ジェルマン通りを逆方向に進んで撮ったのがこの1枚。カフェ・ドゥ・フロールです。雰囲気のある色合いが気に入ってますが、左の女性の顔が男性の頭と重なっていてちょっと残念な写真になってしまいました。この写真とボナパルトの写真も本には未収録です。

 

2015-08-02 | architecture / city, blog, paris

パリで建築散歩!-1

デュラスa

2014年12月に出版された『パリ建築散歩』(大和書房)取材のために、同年5月中旬に、パリに滞在しました。その時に撮った写真をアップしていきます。

パリに到着しホテルに荷物を置いてから、まずはサン=ジェルマン=デ=プレに向かいました。このカルティエ(地区)では、カフェ・ドゥ・フロールと書店のラ・ユンヌを必ず訪れます。しかし、フロールの向かいにあったラ・ユンヌが改装中で、しかも工事の囲いにヴィトンのマークが付いているではありませんか。ん? しばらく来ないうちに店を閉めてしまったのか? しかもかわりにヴィトンが入るの? この店では、これまで文学・思想関係の本をずいぶん買っていたので少なからぬショックを受けました。店の雰囲気も良くて気に入っていたのに…。

あの店も時代の流れには逆らえなかったのか…と思いつつ、日が暮れるまでまだ時間がありそうだからと、教会の前を通ってセーヌのほうに向かおうとすると、おお、教会広場に面した建物のコーナーの1階にラ・ユンヌの文字が見えるではないですか! 移転しただけなのか、良かった!と思い近づくと時間が遅かったせいですでに閉店しており残念ながら店内には入れず…。

このカットはその時に店のショーウィンドウを撮ったもので、本には収録されていませんが、わりと気に入っています。写真の女性は作家のマルグリット・デュラス。若いときの写真ですね。デュラスの評伝か何かが出たばかりらしくウィンドウには新刊の本が積まれていました。ガラスにはドゥ・マゴの入っている建物が映っていて、デュラスの写真と重なって写真に元々写っていたもののようにも見えます。

この後、エコール・デ・ボザールの前を通ってセーヌまで足を延ばし、日没する瞬間の写真をカメラに収めました。

2015-08-02 | architecture / city, blog

ヴァーチャルな身体からリアルな身体へ

2014年に出版された『表参道を歩いてわかる現代建築』のために書いた文章です。この本は、米田明、押尾章治、後藤武といった建築家の皆さんと現地取材をしてつくりました。同書では、この伊東豊雄論のほかに、トッズやテピア、サニーヒルズジャパンなど、全部で9本の原稿を執筆。先にアップした伊東さんへのロングインタビュー(workのコーナーにあります)とあわせて読んでいただけると幸いです。

 

かつての伊東建築には、軽やか、透明、ヴァーチャル、映像、エフェメラルといったようなキーワードとともに語られることが多かった印象があります。たとえば、代表作のひとつであるシルバーハットは、RC の柱にスチールフレームとアルミパネルの屋根を架けたもので、軽やかで透明度の高い建築表現が特徴的でした。伊東氏にはノマドという名のバー作品がありますが、軽やかな移動や漂流のイメージとも重なる作品群は時代の先端的な空気を見事にとらえたものであったと言えるでしょう。

しかし、2000 年竣工のせんだいメディアテークで目指す方向が大きく変わります。この建築は、6層の建物がガラスでぐるりと包まれていて、外からは薄い床が6枚上へと重なる様子がよく見てとれます。ということは、外壁部分ではなく内部の柱か壁が構造体となるわ けですが、この建築ではユラユラと角度と太さを変えながら床を貫通しているモノがそれに当たります。この鋼管を組み合わせてつくられたチューブと呼ばれる構造体が柱の役割を果たしていて、透明なファサードと薄い床とともにこの建築の大きな特徴となっています。

透明さと軽やかさは前の時代から引き継いだものと言えますが、このチューブが与える力強さ、迫力は以前にはないものでした。伊東氏は、建設途中で建築のもつ生々しい物質性に触発され身体性に覚醒したと語っていますが、この覚醒によって伊東建築は大きな転機を迎えます。すなわち、ヴァーチャルな身体からリアルな身体へ――2004年のトッズ表参道ビルもこの方向転換の線上でつくられることになります。

この身体性は、動物的とも言える人間のプリミティブな部分へとアピールするもので、洞窟や内臓のような有機的フォルムの内部空間をもつ台中メトロポリタン・オペラハウスにおいても、つくるための方法論は違っても、同じ方向性が追求されていると言えるでしょう。

伊東氏は同じ頃から「新しい抽象」という言葉を使うようになりますが、20世紀的な、自然との関係を立ち切ってしまう抽象ではなく、自然とのある種の関係性を結ぶ抽象表現によってそれを実現する。身体性への注目もこの試みの射程内に当然入ってくるものととらえていいでしょう。

2015-08-02 | architecture / city, blog

後藤武『ディテールの建築思考』

これも以前書いたもので、建築家の後藤武さんの著書の書評です。

 

以前、編集をしていた『DETAIL JAPAN』という雑誌には、タイトルにディテールという文字が入っていましたが、いわゆる建築の納まりだけを取り上げて紹介する、ということはしませんでした。ディテールが良くできているからといってその建築が素晴らしいとは限らないし、細部だけを注視して、全体を見ないというのは本末転倒だからです。

本書にも、タイトルにディテールという言葉が使われていますが、その対象は把手や目地から柱や壁、空中庭園までと幅広く、また、技術的な納まりの話を大きく踏み越えて、近代の建築家たちがその建築に遺した思考の痕跡をとても平易な言葉づかいで読み解いています。

たとえば、ミースの〈柱〉について。まずは、バルセロナ・パヴィリオンの柱のパララックス効果――柱群とその他の建築要素や外の風景とがかかわり合いながら、人が移動するにつれて生まれる目くるめくような効果――を指摘した後で、チューゲントハット邸のクロームメッキされた十字柱についてこう続けます。

「ミースは、物質的な構築の主題を一つ一つ生み出してはそれに解決を与えるというやり方をしているのではありますが、その物質的な構築そのものが、ディテールの水準においていわばくるりとひっくり返され、反転して物質のネガが提示されるという仕組みになっているようでもあります」

そしてまた、シーグラムビルの、四隅を欠き取られたコーナー柱については、建築のヒエラルキーの統合化を回避する方向性を与えているのだと……。

平易な言葉づかいで読み解いている、と書きましたが、正直、すいすいと楽に読み進められる本ではありません。取り上げられているミースやコルビュジエたちの建築には建築をめぐる彼らの深い思考が幾重にも折り畳まれているわけですから、それを著者の後藤さんとともに丹念に見ていかなくてはならない。逆に言うならば、「ですます」調の文体は、そうした建築思考の痕跡を読者がしっかりと辿ることができるように、読者へと負荷のかかりにくいものとして採用されたということになるでしょうか。

そして気軽に読み進められないのには他にも理由があるような気がします。本書に収められたテクストは、いずれも、後藤さんの実際の深い建築体験に根差して書かれているように思うのです。つまり、その深さがそれにふさわしい読書のスピードを要請している。

7、8年前に、『ジャン・ヌーヴェル 建築の新たなイマージュ』という『DETAIL JAPAN』の別冊号の取材でパリを訪れた時に、後藤さんとサヴォワ邸を訪れる機会がありました。この時に印象的だったのが、後藤さんの建築の体験の仕方です。わたしは、以前訪れた時と同様に、あちらこちらを見て回りながら写真を撮ったりしていたのですが、彼は、本書でも記述されている2階のテラスの、水平連続から持ち出されたテーブルのあたりで、視線のレベルをいろいろに変えて眺めながらしばらく同じ場所にとどまっていました。さらに、その水平連続窓を相手に手や腕を動かしてなにやら丹念に確認作業のようなことをしているようにも見えました。たぶん、スケールを確認するとともに、自らの身体にこの建築-体験を刷り込ませていたのではないでしょうか。

そう、建築に身体の次元で向き合うこと。建築のディスクールは、ともすると技術や表面的なデザインの話に偏りがちですが、建築には身体というそれとはまた別の次元がある。そして、前景化はしていないものの、本書には、この、身体という次元への理解と志向が全編に浸透しているように思えます。

書いているうちに、本の紹介からいささか逸脱しまいましたが、逸脱ついでに、最後に勝手な夢想を。次の本では、後藤さんには、ずばり身体のテーマを前へと押し出して書いていただけたらなあと思うのです……たとえば、〈建築的散歩〉あるいは〈パララックス効果〉については、微小知覚(ライプニッツ)と知覚‐記憶(ベルクソン)の話を接合して……どうでしょうか、後藤さん?

 

ディテールの建築思考|後藤武著|彰国社刊|2,310円

2015-08-02 | blog, cinema

石井裕也『ハラがコレなんで』

これもちょっと前に書いたものですが…。仲さんは当時、新人だったけど、これを観て、うまい人が出てきたと思いましたね。最後の一文は今、書いた当時とはまた違ったトーンで響きます。

 

前作『川の底からこんにちは』の主人公は「中の下」を自任する女。そして、この映画で石井裕也監督が登場させるのは「中の下」未満の人びとだ。主人公の光子(仲里依紗)の周りには、リストラされたサラリーマンや倒産・夜逃げした人物たちが集まり(というか、実は彼女自ら「集めている」のだが)、自身も金ナシ・家ナシ、さらに妊娠9カ月の身重なのにダンナもナシという3重苦。くわえて、頼まれもしないのに要介護の一人暮らしの老人の面倒を見始める。

「OK」「大丈夫」が口癖の光子の行動は、誰もが「あせったりあわてたりしみったれた顔」をして周りを顧みる余裕をもたないこの時代への彼女なりのささやかなる反抗だ。いつ頃までだったろうか、昭和の途中までは、日本はこんな国ではなかったはずだ。築40~50年は過ぎてるだろう木造のオンボロ長屋が舞台なのも偶然ではない。近所のおばさんが縁側からずけずけと上がり込んできてもなんら違和感のなかった時代には助け合いの気持が人びとの心にまだ深く残っていたものだ。光子は、しかし、平成の「砂漠の時代」の只中で、この助け合いの精神をひとり実践していく(多分に、押しつけがましいのだけれど)。

散発的に笑いを引き起こしつつも基本トーンとしては決して明るいとはいえないこの映画に、やがて、とんでもない瞬間がやってくる。マルクス兄弟の映画のように、アナーキー度をたたみかけるようにエスカレーションさせて爆発的な笑いの渦を巻き起こしてしまうのだ。

多分にマンガチックに設定されたこの映画のシチュエーションで、光子のキャラクターはことさらマンガチックに強調されているが、このキャラクターに負けることなく最後まで強度を維持しつづける仲の演技には脱帽するほかない――新たなコメディエンヌの誕生と言っていいだろう。

この映画のクランクアップは3.11の前だが、ラストシーンは3.11後の現在にこそふさわしい。人と人の心がさまざまな回路でつながったキアスム(交差)の構造を持った社会へとみんなで「どーんと」向かって行こうじゃないか――そう、まだ間に合う、「大丈夫」だよ!

 

ハラがコレなんで|監督=石井裕也|出演=仲里依紗、中村蒼、石橋凌|2011年|109分

 

松浦寿輝『不可能』

ちょっと前に書いたものですが、取りあえずのコンテンツがないので、アップしておきます。

 

この小説の主人公の平岡老人が、実は1970年11月に自衛隊市ヶ谷駐屯地(当時)で起こした事件で命を落とすことなく生き延びた三島由紀夫その人であることは、平岡公威という三島の本名がわざわざ書き添えられたエピグラフからしてすでに明白と言えようか。作中で語られる平岡老人のいくつかのエピソードも三島のそれと符合するし、老人の首に残る二筋の瘢痕は、つまりは三島とともに自衛隊に乗り込んだ、盾の会の古賀による最後の一撃が振り落とされなかったことを物語っているのだろう。

だが、事件そのものには最後まで触れられることはなく、相当な深傷を負ったはずの腹に大きな瘢痕があるとの記述も見られない。重罪――内乱罪か?――により刑務所に27年収監されていたというのも計算が合わない(このあたりの記述は意識的に曖昧にされているようだ)。

三島の生涯と符合する点はあるにせよ、三島を召還した(ように見える)のは作者の「首」への執着のように思える。「首」をめぐるエピソードのために口実として拝借されてきた三島由紀夫=平岡公威のエピソード。実際、三島由紀夫という小説家とその作品についての知識などもたずとも、この小説の魅力が減じることはないのである。

松浦の小説の読者であれば、その魅力のひとつが触覚的とも言える身体への眼差しにあることはよく知るところだろう。2004年の長編『半島』では、主人公の男が怪しげな界隈でドブロクを飲むが、その時、その自家製の酒の匂いと味わいが自らの口腔を一瞬満たし主人公とともに酔いが進んでいくかのように感じた読者は少なくないはずだ。

この小説では、この身体性への松浦の執着がより明瞭に表れている。たとえば、サルトルの小説『嘔吐』で主人公のロカンタンに訪れるマロニエの樹のもとでの啓示のように、平岡老人のもとに(こちらは竹林で)静かな啓示が訪れる場面。「まず音が来た。世界は音に満ちていた。……そしてにおいが来た。においもまた無限だった。……最後に何とも言いようもない感覚が来た……彼自身が世界の一部として在るのだった。彼が世界なのだった」。もはや世界との距離は存在しない。平岡自身が世界そのものなのだから。この「何とも形容しがたい触覚的な啓示」を平岡は全身で受け止めるのである。

そうすると、首への執着はつまりはこの触覚への執着だと言えようか。すなわち、首に刃が喰い込むことにより、世界との距離は完全に消滅し、これはまた、「血まみれ」という、「至高の、初源の、究極の密着状態」を招来するのだから。

松浦は映画評論家としても知られるが、映画という視点からこの小説を語ることも可能だろう。すなわち、この触覚への嗜好=志向には、現代映画の視覚偏重への批判が、そして松浦小説お馴染みの幻想的なシーンには、幻想でさえも説明し尽くしてしまう現代映画への批判が織り込まれているように感じられる。エンディングのエピソードはおそらくハリウッド映画のパロディなのだろう。

最後に、松浦はこの小説に40歳前の建築家を登場させ、平岡のために2つの家をつくらせていることを記しておこう。平岡老人が全幅の信頼を置くこの若い建築家が設計した2軒目の家は「塔の家」と名づけられ、1軒目の家と同様に、この小説で重要な役回りを割り付けられている。

 

不可能|松浦寿輝著|講談社|1,890円